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歩いて巡る、港の千年 潮風薫る、賀露の歴史散歩
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賀露神社は港の小高い丘の上に位置しており、時の国司、領主の篤い信仰を集め、江戸時代には鳥取城主の池田家が参勤交代の折には必ず参拝しました。
丸に葉付桃紋、揚葉蝶紋、黒須紋の3つの紋が使われている珍しい神社です。桃はイザナギノミコトが魔を祓ったと言われ、揚葉蝶は鳥取藩池田公の家紋です。
また、境内には北前船の行き交う往時をしのばせる大イカリや、全国的にも珍しいトラの狛犬なども見られます。
2年に1度開催の大漁を祈願する春の大祭(ホーエンヤ祭)は県の無形民俗文化財に指定されています。
130段の石段の上から見渡す賀露の海は、絶景です。

御祭神は日本の総祖神として伊勢神宮(内宮)にお祀りしている「天照皇大神(あまてらすおおみかみ)」です。創建年代は不明ですが、南北朝のころに賀露村の上分の産土神として勧請されたと伝えられています。
丘の上にあり見晴らしもよく、日本海から大砂丘、鳥取市街まで見渡せます。社の軒下には瑞雲に宝珠の木彫りがあります。
境内には桜の木が多く、春になるとお花見スポットとしても親しまれています。

明治17〜18年、鳥取藩士は新天地を目指し、貿易や交通の中心地としても栄えていた賀露港から、当時未開の地であった北海道に渡りました。
「鳥取村」と名付けられた居住地は後に釧路市と合併し、鳥取市と釧路市は昭和38年に姉妹都市提携を結び、その30周年の際にこの碑が建てられました。
明治4年の廃藩置県で窮地に立たされた武士たち105戸513人が、新天地での期待と不安を胸に、賀露港を出発しました。慣れないスキやクワなどの農機具を手に、広い北の地を拓いて行くのは想像を絶する辛苦があったとのことです。

遣唐使の吉備真備公(きびのまきびこう)は745年、唐より帰国する際に九州沖で嵐に襲われ、賀露沖の宮島に漂着しました。その30メートル離れた島に飛び上がって避難されたことから、その島は「飛び上がり島」と呼ばれ、後に賀露港のシンボルとして「鳥ケ島」となりました。現在は灯台があり、船舶の安全に寄与しています。
吉備真備公が囲碁を伝えたという伝説から、毎年、賀露では囲碁の大会が開催されています。
みなと公園にはそのシンボルとしてオブジェが設置されており、子供たちの遊び場となったり、また磯釣り場としても人気があり、釣り人達の姿が見られます。

地元の人でも迷いそうになると言われるほど、細く曲がりくねった道が続く住宅地です。
古くからの漁師町の面影が、いまも見られます。